書籍「荒野へ」を読んで~モノの見方について~

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※書籍「荒野へ」、映画「イントゥ・ザ・ワイルド」の批評ではありません。ネタバレを含みます。



映画の「イントゥ・ザ・ワイルド」を観て面白かったので、原作の書籍、「荒野へ」も読みました。

ここでは「荒野へ」を読んでいる中で特に感じたことを書いていこうと思います。



まずは映画と書籍の違いからですが、「この2つは全くの別物」です。

書籍は、「クリス・マッカンドレスが本当に馬鹿者だったのか。」ということを事実から追求する形になっています。

映画は、「書籍で示された事実を元に、想像でクリス・マッカンドレスの活動を映像化したもの。」であり、完全なるフィクションです。監督のオナニー映画って感じでしょうかね。

ただ、エンターテイメント的な意味での面白さは映画が勝るのではないでしょうか。

書籍は私からすると当たり前のことを延々と書いてあり、読むのが少し面倒くさかった。という感触です。

映画から入ったので読まないという選択肢は有り得ませんでしたし、読み切ることに問題は無かったのですが、まぁ、少し、面倒くさかったですね。

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さて、書籍の本編に対して思ったこと等、いくつか順序を踏んで本題に入りますが、まず大切なことをひとつ。

「クリス・マッカンドレスはただの人。」です。

本編では幾度となく「世間では○○と言われ」というように、所謂常識を基準に彼を計ろうとした考えが多くみられます。

「荒野へ」の大元になったような記事が雑誌に掲載され、その内容への思いが意見として多く届けられたというのですから、常識的な話をすることであったり、そのことについて筆者が触れることを特に問題と思ったわけではありません。



ただ、私から見れば、どう考えても彼は「ただの健全な青年」でした。



あのような行動、衝動は幼少時代から思い起こせば、多かれ少なかれ誰にでもあったのではないでしょうか。

ある意味「本能的であり、生物として正常な部分」だと思います。

「子猫は全力で遊び回っては寝るを繰り返すもので、大人になるとそれは落ち着く」とほぼ決まっているように、それはあって当然のものでしょう。

それらが全く無い人ももちろんいたでしょうが、これについては多く共感を得られる部分だと思います。

彼はそれを大人と呼ばれる年齢になってもやっただけのこと。

これについてもとても人間的だと思います。

抑圧され続けた人にはありがちなのではないでしょうか。

隠していた厨二病が大人になってから我慢しきれず炎殺黒竜波しただけだと思うのです。

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それを社会的に、常識的に、云々などという視点でしか見られず、ましてや「愚か者。」などと吐き捨ててしまうのは、大人と言うより最早老人の域なのだろうなといった感じです。

もしくはそれらを乗り越え、「そんなことでは生きていけない」と、厨二病を、右腕に封印されし暗黒のナニカを無かったことにして生きている人には、自身ですら自覚できない嫉妬が芽生えていたのかもしれません。

それを認められず、彼を否定するしかなかった。と。







うん、まぁ、私にとってそんなことはどうでもいいんですが、そう感じながら見ていた。という報告です。・⌒ ヾ(*´ω`) ポイ

そして、そう感じていた私は、やはり「社会に巻き込まれた状態の人の視点というものに理解が及びづらいな。」とも感じていました。

意味が分からないのですよね。彼を「愚か者。」とこき下ろす意味が。

結果的に死んだからでしょうか。親を悲しませたからでしょうか。

充分な用意をしないで荒野で生きたことの、何が愚かなのでしょうか。

なんというか、ほんと、どうでもよくない?お前がそこまで言えるほど関係無くない?と思うのです。

お前が今生きてることだって、ただの運でしかないだろう。と。

自身の理解の及ばない得体の知れない者を「愚か者。」呼ばわりすることでしか安心できないという風にすら見えますね。



彼らを見ていて薄ら気味悪く感じる気持ちは何か。何か、連続的な関係を、ひとつの物体のように扱っているように見えるところでしょうか。



それは所謂「人間社会」ってやつですか。



「荒野へ」を読み始めてから読み終わるまで、この気持ち悪さが特に際立っていました。

私は個は個だと思っているのです。

親が死のうが子が死のうが個としての私には関係ありません。もちろん精神上は関係ありますが。

ただ、あくまでも個は個であり、私は社会と個を切り離して考えています。

社会は人の集まりだから協調性を持って。常識的に。うんうん。まぁ言いたいことは分かるけど、それでも私のことを人にとやかく言われる筋合いはありません。私は好きに生きて、好きに死にます。

そういう感覚を持っているので、彼があまりにも多くの人への晒し者になり、こき下ろされる様子を見て、自分がそうされているようでイライラ、モヤモヤしました。

袋叩きにしている彼らは考えを述べるに留まっておらず、あまりにも個人を犯しすぎている。

社会はただのシステムで、人の集まりのことではありません。

例えるならSNSはただのシステムですね。TwitterはTwitterであり、それを成しているのはコンピューターであったり人であったりしてその集合体をTwitterと呼びますが、どこまでいってもTwitterはシステムの呼称です。

私は社会も同じように捉えています。

たかがシステム。数年で変わる常識とやらに合わせて生きるのは個人の自由ですしそりゃ結構。楽しいのなら何よりですよ。

ただ、たかがシステム内の常識を振りかざして人の根幹にまであまり踏み込みすぎるんじゃねぇよ。と思いました。

まさにうるせぇはっ倒すぞ案件です。

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人にとって大切なこととはなんでしょうね。


こんな世の中


本当に


本当にくだらないわ。





映画を観た後の記事もどうぞ。

映画「イントゥ・ザ・ワイルド」を観て~ライフスタイル界隈のやりたいことは極論これだろう~

END
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