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30歳で沖縄移住した話し
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嘉数高台公園の「京都の塔」で経験した不思議なこと※心霊体験注意

20130529 (27)

大して怖い話しではないですが、今回は主の沖縄で唯一の心霊体験を語ってみようかと思います。

始めに、主は見える人でもないですし霊的なものを何も信用していません。夜も暗闇も迷信も何も普段は別に怖くないです。何年かに1回、進んじゃいけないような気がして夜道を引き返したとかありますけど。怪談系のテレビを見るとトイレに行けなくなる程度にびびりではありますが。


では…。


はじまりはじまり。

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3年半前、この日は梅雨時期でホタルの見頃でした。

ゲストハウスで知り合った女の子3人と沖縄の男性+主の5人で那覇の末吉公園でホタル観賞へ。

20130529 (4)

雰囲気だけで言えば末吉公園は街灯も無く怖いのですが、ホタル以外は特に何もなく、そのまま目的地の無いドライブへ行くことに。


しばらく走ると「京都の塔」なる看板が目にとまりました。


京都出身の主は「なんで京都の塔がこんなところに?」と興味深々です。五重塔みたいなのを想像していたのですね。

聞けば京都の塔がある嘉数台公園は夜景が有名とのこと。「京都出身の主と京都の塔」これはもう行くしかないということに。

20130529 (26)

公園に着き、100段以上の階段を皆で駆け上がると、地球儀を模した展望台にたどり着きました。

20130529 (20)

沖縄にしては夜景も綺麗で良い眺めな場所です。

20130529 (24)

皆でキャッキャウフフとひとしきり遊んだ後、思い出しました。



「そう言えば京都の塔ってどこだ。」



展望台を降りてあたりを見渡すと、すぐに「京都の塔→」の看板が目に付きます。

「お、あったあった。行ってみようぜ~♪どんなんだろうな~♪」位のノリで京都の塔へ。

そこから京都の塔までは10m程でしたが、角を2回曲がるのでそこから塔は見えません。


最初の角を曲がる時、角には拝所のようなものが。


このあたりから異様な雰囲気を感じていましたが、なぜか、足は進む。


次の角、そこから先は京都の塔が立っている一段上がった敷地で、でもその時にはまだ五重塔のような塔を想像していたので、京都の塔がそこにあるなんて分かっていませんでした。


二つ目の角を曲がって数歩、身体中の皮膚にはハリネズミのように尖っていくような感覚が。激しく痺れるような感覚と言いますか。とにかく異様な雰囲気です。


その状態は明らかにおかしく、今すぐにでも引き返したい衝動にかられていました。

でも、なぜか足が止まらない。「行かなければならない」と身体が勝手に判断しているように。


「帰りたい!でも行かなきゃ。帰っちゃダメだ。帰っちゃダメだ!」


頭の中はもやがかかったようにそのことしか考えられず、「そこ」へ近づく程にその傾向が強くなり、数歩歩く間がとても長く感じられました。


真っ暗な中、よく見もせずになぜ「そこ」が自分の目的地だと分かったのかも分かりません。

それでも目的地に着く時には「帰りたい!帰りたい!でも拝んでいかないと。ここで手を合わせないと帰れない!」なぜかそう考えていたのです。

kakazutakadaikouen040.jpg

真っ暗な中、この文字が読めたんでしょうか。あまり記憶にありませんが、身体では完全に「あれ」が京都の塔だと分かっていたように思います。

20120809170002.jpg

「あれ」の前に立ち、手を合わせ、ゆっくりとおじぎをする。どれだけ長い時間に感じたか。

この時もまだ身体中がビリビリしていてとにかく早く帰りたかったのですが、なぜか「走るのは失礼だ」と考え、来た時と同じ速度で歩くように努めました。


二つ目の角を曲がって、ベンチに座る頃には身体の異変も元に戻り、頭も少し落ち着きを取り戻してきていました。


「皆は…。」


よく考えてみれば、最初の角を曲がったあたりから皆の記憶がありません。

少し心配になったところで一人の女の子が走って主の元へ。


「み、み、見た?!見た?!」と女の子。


どうも白い何かが飛んでいるのを見たようです。

「何も見てないよ。」

そんな会話をしていると続々と戻ってくる友達。

あまり話す気力も無く、呆然と帰路につきました。


帰りの車の中で「あれが京都の塔だった。」と教えてもらい、そう言った人は「兵隊さんがいっぱいいたね。」と。


その時には「また怖がらせようと思って…。」位に思っていました。


「そこ」から離れてみればなんということはなく、何の違和感も無くなってしまい、その場所で起こったことの意味や「なぜそうしたのか」は説明しづらいものがあり、そもそも言葉にするのも何か嫌で、特に誰に言うこともなく、その日はそれで解散。



後日。



結局自分のあの行動は何だったのだろうと、「沖縄 京都の塔」で検索をかけてみました。

20120809170017.jpg

※昭和二十年春沖縄島の戦いに際して
 京都府下出身の将兵に二千五百三十有余の
 人びとが遠く郷土に想いをはせ
 ひたすら祖国の奥陸を念じつつついに
 砲煙褌雨の中に倒れた また多くの沖縄住民も
 運命を倶にされたことは誠に哀惜に絶へない


「京都の塔とは2530名あまりの京都出身戦死者の慰霊碑」なんだということをここで初めて知り、戦慄が走りました。


その一瞬で全てに納得がいったのです。

あの時の主の行動に。

「誰」が、「どっち側のそれ」がそうさせたのかは分かりませんが、あの時の主は「誰か」に突き動かされ、目的を持って行動させられていた。と思っています。


京都出身の主が、何も知らないで、ただの背の高い塔があるのだと想像しながら向かって、暗闇にある石碑に手を合わせるとか、走るのは逃げるようで失礼だと感じたとか、自分でも理解できない行動を起こしたり考えをしていた意味がここで初めて分かったのです。




これで、主の唯一の沖縄心霊体験談は終わりです。


「今思えば、あの時はあのように行動させて頂けて良かったと思っています。ありがとうございました。」
 
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