30歳で沖縄移住した話しブログ

生粋の沖縄県民の親友が本音を吐露してた~ほぼ引用転載・了承済み~

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主の唯一の沖縄県民で親友のやっしーさんが、FBで本音を吐露してた。

色んなしがらみもある中で、常に隣人でい続けなければいけない相手に現地で、それも地元で、本音で語るのは難しいところもあって、中々心の声というのは聞こえてこない部分があります。←これは主の気持ちで、本音で語る語らないの親友の本意は知りません。

そういう意味で、ここまで本音で語られた「外野ではない当事者」の言葉は貴重だと思い、承諾を得て転載させてもらいました。

Facebookのシェア記事ですので、事情を察することが出来ない流れも含みますが、その辺はお察し下さい。

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※以下引用

独り言なので、気にしないでください。
ちょっとでもクレームがあれば消します。
僕の大好きなお客さんの親友が、大変つらい想いをしていることを知り、これは、ちょっと悲なので最初で最後の投稿をさせてください。
僕は基地の町に住んでて、今までいろいろ思うことがありますが、それを、怒、悩、悲で、語らせてください。
僕は、現在テラコヤというBARを経営してて、自分のお店のコンセプトでは、政治や宗教、基地問題など、タブーにしてたのですが、、、(これからもタブーです)ちょっとだけ、独り言でお願いします。


僕は1977年から基地の町で育ってきました。1995年に地元の後輩が大きな暴行事件を受け、当時高校2年生だった俺は怒り狂いました。また、表に出てないだけで、同級生や姉の同級生、本当に酷いことをされてきて、当時の僕の感情は、米軍(特にマリン)に対しての怒の塊でした。本当に反米感情は強かったです。これは、今も、深層心理のように埋め込まれています。怒1→米軍(特にマリン)
1995年の暴行事件の2年後、日米合意?サコー合意?そんなんしらんけど、とにかく、いきなり普天間基地の辺野古への移設が発表されました。とにかくどうしていいのかわからない不安に襲われたのを覚えています。辺野古は僕の宜野座高校の校区です。
これで一番の損失は、、、地域、同級生、親族の分断でした。。。誰が決めたか知らない、賛成派?反対派?の名のもとに…
それから起こったこと…
夕飯のさしみを食べる時、しょうゆがないからって隣のお家に借りに行き、お礼にって、シブイの汁物と交換しました。その普通の交換が地域の賛成派?反対派?の名のもとに、なくなっていきました。。。
同級生で、モアイとかしながら、40歳になっても50歳になっても、一瞬で少年時代に戻り、語り合うことができたのに、賛成派?反対派?の名のもとになくなっていきました。。。
そして、この血縁関係の絆が強いと言われる沖縄において、シーミーを日時をずらして行うようになりました。賛成派?反対派?の名のもとに。。。
日米合意か、日米安保か国防の為か、良くわかりませんが、古き良き文化を奪ったこと、同じ地域の人、同級生や同年代、親族までもが対立する構図を生んだことに、本当に怒りを覚えます。怒2→日本政府


辺野古移設の話が出てもう20年以上過ぎます。
絶対に基地は反対!という思いの僕も、いろいろ考え、悩み、答えのない日々を過ごしました(今も、基地移設は反対です)
歴代の沖縄県知事も苦悩してきました。
歴代の名護市長も苦悩してきました。
そして何よりも、沖縄県民や名護市民をはじめ、基地の町にリアルに住む住民のみなさんがずっと苦悩してきたと思います。
一方で、その20年もの間、沖縄は時代とともに変わっていきました。。。
辺野古で座り込みをしてきた人も、戦争を経験してきた人たちが亡くなって(大学院の時に、当時、僕にいろいろお話を聞かせてくれた宮里弘子さん(2003年当時98歳)の語りは僕の中に鮮明に残っていて、やはり、戦争はいけない。沖縄の自然は守らないといけない。という声が、はっきり僕の耳に残っています。)います。
20年前と、沖縄の政治や経済や社会情勢も変わってきたような気がします。
基地の跡地利用も、北谷や新都心が成功し、基地依存度も、低くなってきました。東アジア情勢も、現代軍事力の進歩に伴い、地理的な沖縄の役割がどれだけあるのか(確実に冷戦時代のベトナム戦争時代、朝鮮戦争時代とは違います)、、、
格安航空券の出現に伴い、観光客もこれほど(700万人オーバー?)押し寄せ、数年前では考えられなかった外国人観光客も来るようになりました。ここまで道路整備が進んだ県はありますかね?経済、沖縄振興?の視点も変わってきたように思います。


すみません。。。
完全に独り言です。
で、基地問題に対する、抗議活動も確実に変わった気がします(怒)。
辺野古の話が出て20年程。いや、生まれてからの39年?基地の町で過ごしてきた僕にとっては、なぜに入っていけない空間があるのか、なぜ、同じ犯罪を犯しても刑が軽くなるのか?その、怒りは半端なものではなかったのですが、復帰前のコザ暴動でも、1995年の県民総決起大会にしても立場が違えど、そこに参加するか否かは違えど、悪い物に対して、それはよくないでしょ!って一致してみんなが思っていたと思うのですが、、、
今は、ダメなものはダメ!とかいう単純な視点もちょっと違うような気がします…
最近の報道等で、何か悲しい記事を目にします。。。泣
先入観ありきの報道というか、取材の怠慢というか…
そのような報道が、沖縄復帰を後押ししたかもしれませんが(それが良かったかどうかは別にして)、時代にのりきれてない感が本当にします。。。ずっと同じスタンスというか・・・
僕は地域紙が大好きです(特に地域や文化面、スポーツ面いつも楽しみにしてます)。でも、今回のことに限っては、誠意ある対応を本当に希望します。
最近、基地全面反対の脳みその僕でも、絶対に納得できないことが起こりました。納得でない報道です。僕は、彼に会ったことはありません。僕の大好きな人の親友といういこともありますが、FBやいろいろ読む限り、本当に信用できる人です。こんなに沖縄のことを考えている人がいるでしょうか。
20年前、辺野古に押し寄せる沖縄県民に、歯を食いしばりながら、対応していた沖縄県警の人たちの印象が鮮明に残っています。沖縄の人たち同士が向かい合う構図、それを演出している日本政府に怒りが倍増したことを覚えています。
果たして、今の高江の構図はどうなのでしょうか?
これは本当に、ずっと沖縄に住んている僕としては悲しいことです。。。
僕は職業柄、賛成?反対?条件付き?よくわかりませんが、いろんなお客さんがきます。もちろん、僕の確固たる思想はありますが、僕の対局の意見であったとしても、「沖縄のために!」という強い想いがあれば、自分の意見と違う人からも学ぶことができます。
うまく言えませんが、、、僕の頭の中はお花畑かもしれませんが、、、僕は、沖縄のことを想って頑張っていて、大好きな人が辛い思いをすることは絶対に許せません。
こんな投稿をしたくはなかったのですが、3日間限定で、投稿します。
○○さんの、投稿をシェアしたのは、僕の大好きな友人たち(反対派)に、読んでいただきたいからです。僕はこれからも、あらたな基地建設は反対です。
でも、○○さんのこの投稿には賛同します。
(賛成、反対、に対する考え方です)
基地問題、環境問題も様々あり、辺野古と高江はちょっと違う気がします。第二滑走路に関しても、ある環境団体は、環境破壊だと問題提起をしていますし、ひとくくりにして語れないのが、沖縄の基地問題、環境問題だと思います。
とにかく、僕は、沖縄のことをとても考えている人が辛い思いをすることは絶対に許せません。
独り言が長くなり、すみません。。。

※引用終わり

この言葉から何を思うかは人それぞれかもしれませんが、何かを感じてもらえればそれでいいのだと思います。

少なからず、主には響くところがありました。
 
30歳で沖縄移住した話し
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